事故物件・空き家研究のきっかけは「Yahoo!ニュース」と「豊島区」
── 本日はよろしくお願いいたします。まずは、定行先生のご経歴と、現在の研究分野である「空き家」や「事故物件」というテーマに注目された背景を教えていただけますでしょうか。
定行准教授:私は経済学を専攻し、アメリカのイリノイ大学の博士課程に進学しました。研究テーマを探していた頃、たまたま「Yahoo!ニュース」で当時存在していた事故物件サイトの記事を目にしたのが最初のきっかけです。「このデータを使って、事故物件があることで周りの不動産の家賃や価格がどうなるのかを分析できそうだ」と思いついたんですね。それをディスカッションペーパーとしてまとめたところ、「大島てる」さんご本人から直接ご連絡をいただきまして。
── インターネットのニュース記事が研究の出発点だったのですね。「大島てる」さんから直接連絡が来るというのも驚きです。
定行准教授:そうですね(笑)。大島さんの方でもデータを揃えているというお話を伺い、データをご提供いただけるようになりました。それが今の事故物件の研究に繋がっています。かれこれもう10年ぐらいになりますね。

事故物件を気にするイメージ
── 空き家についてはどのような経緯だったのでしょうか。
定行准教授:空き家に関しては、アメリカから日本へ帰国した後に研究を始めました。日本ではちょうど空き家の問題が大きな社会課題として取り上げられ始めていた時期です。私の実家が豊島区にあるというご縁もありまして、区役所の担当者の方とお話しし、委託研究という形で豊島区の空き家の個票データを提供していただきました。それを基に分析を始めたのがスタートになります。
── 豊島区は都心でありながらも空き家が問題になっていると聞きます。
定行准教授:そうなんです。政府が行っている住宅・土地統計調査でも、豊島区は最も空き家率が高いという結果が出ています。豊島区も積極的に空き家対策を頑張っていらっしゃったので、戸建て住宅の放置空き家は減ったりもしていますが、依然として課題はあります。
都心の空き家はボロボロの戸建てというよりも、マンションやアパートなどの「賃貸用空き家」が圧倒的に多いのが特徴ですが、実はこれらは外観からでは判別が難しく、実態把握が非常に困難という課題も浮き彫りになっています。
総務省統計局が5年ごとに実施する、日本の住宅とそこに居住する世帯の居住状況、土地の保有状況等を把握するための基本的な調査。空き家の実態把握など、国や地方自治体の住宅政策の基礎資料として用いられる。
データが示す衝撃の事実。事故物件で「家賃」は下がらない?
── 実際に空き家や事故物件が近隣の住宅に与える影響について、どのようなデータや手法で分析されているのでしょうか。
定行准教授:こういった研究をする際、最低限2つのデータが必要です。1つは「空き家や事故物件がどこにあるか」という正確な地点データ。もう1つは「不動産取引(価格・家賃)のデータ」です。
犯罪への影響を見たいなら警視庁のデータを使いますが、今回は不動産価格への影響に絞っています。
空き家の場合は、周囲の家賃に明らかな影響がありました。豊島区のケースでは家から半径50mに空き家があると家賃が約2%低く、50〜100m以内にある場合だと1%ほど低いという結果が出ています。
一方で、事故物件に関しても、事件が起きたマンション内の家賃は数%ほど低く、とくに殺人事件の場合は下落率が大きいことがわかりました。
参考論文:空き家の外部性:東京都豊島区の事例
「The Externality of Vacant Houses: The Case of Toshima Municipality, Tokyo, Japan」
定行泰甫, 金山友喜, 有村俊秀/2020年6月28日参考論文:事故物件の外部性(東京都)
「The externality of a mortality incident within an apartment building: Cases of homicide, suicide and fire deaths 」
定行泰甫 / 2019年5月31日
しかし、影響を正しく測るためには、単純に距離だけで相関を見るのではなく、「差分の差分法(DID)」や「操作変数法」と呼ばれる統計手法などを用いて、厳密な「因果関係」を抽出します。空き家があるから家賃が下がったのか、家賃が低い人気のない場所だから空き家になったのかを切り分けるためです。
── その厳密な分析の結果、どのような事実が分かったのでしょうか。
定行准教授:空き家については、現在進めている操作変数法を用いた分析のもとでも、半径80m以内で1.5%程度の家賃の下落が確認されています。一方、事故物件について差分の差分法を用いて分析した結果、同じマンション内で事件が起きると、売買価格は平均して5%下がるのに、家賃には影響が見られなかったのです。「分析や推計方法を間違えたのかな?」と何度も見直して試したほど、意外な結果でした。
参考論文:空き家の外部性(操作変数法)
「Housing dereliction in a superstar city 」
金山友喜, 定行泰甫 / 執筆中参考論文:事故物件の外部性(差分の差分法)
「 When stigma meets information gaps: Divergent housing market reactions in sales and rentals」
菅澤 武尊, 定行 泰甫, 矢島 猶雅, 中川 万理子
── 賃貸だとあまり気にしない人が多い一方で、購入となるとしっかりと調べる人が多いからかもしれませんね。
定行准教授:ええ、まさにその仮説が有力だと考えています。「買う人はよく調べるが、借りる人はそこまで調べないのではないか」といった情報の非対称性ですね。統計データが語る事実をベースに、このような背景や理由を探求していくプロセスが、この研究の面白いところです。賃貸での告知のされ方など、現場の不動産会社さんの戦略も影響しているのかもしれません。
英語のDifferences-in-Differencesの略。特定の事象(イベントや政策など)が起きたグループと起きなかったグループについて、事象の「前」と「後」のデータを比較することで、その事象が与えた純粋な因果効果を測定する統計手法。
駅近ほど空き家になりやすい?所有者が手放さない裏事情
── 空き家の立地について、駅から遠いほうが空き家になりやすいイメージがありますが、実際のデータはどうなっているのでしょうか?(駅からの距離や築年数などの条件を同じにした場合)
定行准教授:一般的には駅近のほうが資産価値が高く、空き家にはなりにくいと思われがちですよね。もちろん、駅から遠かったり、築年数が古かったりすれば当然家賃や価格は低くなります。そうした一般的な住宅属性の影響をすべてコントロールした上で分析したのですが、実は都心の戸建てに限って言えば、駅に近いほうが売られずに空き家になりやすいという傾向が見られました。
参考論文:どのような住宅が空き家として残るのか?東京都豊島区の事例
「What types of houses remain vacant? Evidence from a municipality in Tokyo, Japan」
定行泰甫, 金山友喜/2021年12月
── それは非常に意外ですね。固定資産税も高いはずですが、なぜ手放さないのでしょうか?高く売れるなら売ってしまったほうが良さそうな気もします。
定行准教授:複数理由は考えられますが、そもそも空き家にするということは「手放せば高く売れるのに、あえて所有者が手放していない」という選択をしているわけです。とても資産家でお金に一切困っていないケースや、「駅近だから今後もっと高く売れるはずだ。こんなに安くは売りたくない」と期待しているケースもあるでしょう。
さらに研究の視点で面白いのは、「遺産動機」という考え方です。親の立場からすると、駅近という価値ある不動産を手放さずにあえて自分の手元に残しておくことで、「この駅近の不動産があるから、誰か私の老後の面倒を見て」と、子どもたちの介護や支援を引き出すためのカード(戦略的遺産動機)として使っている可能性もあると言われています。海外の研究でもよく言及されるテーマですね。まさに「価値があるからこそ空き家として残る」というパラドックスが起きているのです。
人々が将来、自分の子どもや次世代に財産を残すために貯蓄や資産保有を行う動機のこと。親が子からの介護や支援を引き出すための「戦略的遺産動機」という概念も研究されている。

学生による空き家調査:成城大学・定行ゼミ
日本特有の「心理的瑕疵」と宗教観・文化の違い
── 空き家と事故物件とで、近隣住宅への価格下落の性質や影響の出方に違いはあるのでしょうか?
定行准教授:空き家の場合は、物理的・環境的なリスクが大きいです。放置されると見た目の景観が悪くなり、地震や火災時の延焼という防災面でのリスクが高まります。また、空き家があるということはその地域の需要や魅力が減っているサインでもあり、不法侵入など犯罪の温床になるという実害も出ます。これらが積み重なり、徐々に住民層も変わるという長期的な悪影響に繋がります。
一方、事故物件の場合は、遺体を綺麗に清掃し、フルリフォームして物理的な問題が完全に解決したとしても、「あそこで事件があった」という「心理的瑕疵(かし)」が残ります。この感情的な側面が根強く影響するのが事故物件の大きな特徴です。ですから、物理的な実害はなくても心理的な理由で価格が下落するわけです。
これらが積み重なることで、空き家や事故物件が発生した地域では、住民の入れ替わりなどを通じて長期的な影響をもたらし得ます。
── 欧米と日本では、事故物件に対する捉え方に違いはあるのでしょうか。
定行准教授:かなり違うようです。例えばイギリスなどでは、過去に誰かが亡くなった部屋でも全く気にしない人が多い傾向にあります。これは宗教観や文化の違いが背景にあると考えています。キリスト教圏では「死後は天国か地獄か」で決まるため、亡くなった人が霊になってこの世(地球上)に留まるという概念があまりありません。
しかし日本やアジアの一部では、神道や先祖を敬う思想が影響してか、「無念や恨みを抱えた人が地縛霊としてとどまる」といった感覚が根強く残っています。国際的な学術誌で論文を発表する際は、我々日本人が当たり前に感じる「事故物件=敬遠される」という感覚が世界共通ではないため、日本特有の文化的背景や宗教概念をきちんと説明する必要があります。
── それは非常に興味深いです。外国の方からすれば「ただ人が死んだだけの部屋」にすぎないのですね。
定行准教授:はい。ただ、面白いの事実として、アメリカの多くの州では過去の事件等の告知義務がないのですが、カリフォルニア州など一部の州では告知義務が存在します。これはおそらく、カリフォルニア州にはアジア系の移民が人口の20%近くおり、彼らが気にする影響を法律や不動産取引のルールに落とし込まざるを得なかったのではないかという推測も成り立ちます。グローバル化の中で、こうした文化的な違いが不動産市場に与える影響は非常に大きいと言えます。
不動産の取引において、建物の物理的な欠陥(雨漏りなど)ではなく、過去に自殺や他殺、火災での死亡事件が起きたなど、借り主や買い主に心理的な強い抵抗感を生じさせる事情のこと。

日本の不動産は転機に。今後の空き家対策と「空間の効率化」
── 最後に、今後の日本の空き家問題はどのように推移していくとお考えでしょうか。
定行准教授:今後一層深刻になるのは確実ですが、政府がどう手当てしていくか、そして民間企業がどうビジネスとして成り立たせていくかにかかっていると思います。現在、相続発生時などに空き家が放置されやすいのは、手放すインセンティブが弱いからです。固定資産税の優遇措置の恩恵もありますしね。
根本的に解決するには、補助金を出すよりも、所有者にとって「空き家のままにしておくコスト(費用負担)」を重くして、使わない家屋を手放した方が得になるような仕組み作りが必要になってくるでしょう。京都市の「空き家税」の話題などもありますが、海外ではすでに様々な導入事例があります。
── 対策として、先生ご自身がほかに注目されている課題はありますか?
定行准教授:「空間の効率的な配分」というテーマに強い関心を持っています。現在は、子どもが独立して高齢者が広い戸建てに1人や夫婦2人で住んでいる一方で、若い子育て世代は家賃の高騰で住む場所に困り、2人目の子どもを諦めるといった状況が起きています。これは社会全体で見ると、面積あたりの居住人数に極端な偏りがある、とても非効率な空間の使い方です。
ただ空き家を減らすという視点だけでなく、世帯人数の変化に応じた住宅への住み替えがより円滑に行われるようになれば、家賃の高騰を抑え、本当に必要としている人に空間を配分できるはずです。今後は、こうした都市全体の「空間の効率的な配分」についても、データを通じてその解決策を提示していけたらと考えています。
── 単に建物を壊すかどうかだけでなく、利益だけでも解決しない問題が多い中で、データを用いて社会に警鐘を鳴らし、より良い空間の配分を考えるアプローチは非常に重要ですね。本日は大変貴重な、そして面白いお話をありがとうございました。
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