「空き家」を地域の「居場所」へ。福祉と建築の視点から紐解く、これからの建物再生。

「空き家」を地域の「居場所」へ。福祉と建築の視点から紐解く、これからの建物再生。 不動産特集記事

日本の空き家数は現在、約900万戸に達し、実に「7軒に1軒」が空き家という深刻な事態を迎えています。
この問題は単なる不動産の需給バランスの崩れに留まらず、地域のコミュニティや社会構造そのものに変容を迫っています。

今回は豊田工業高等専門学校建築学科で建築、特に福祉施設や地域コミュニティを専門に研究されている加藤悠介教授にお話を伺いました。
加藤教授は、空き家を単なる「余ったハコ」としてではなく、地域における「ケア」や「福祉」を実現するための潜在的な価値を持つ場所として捉えています。

なぜ日本はスクラップ・アンド・ビルドの呪縛から逃れられないのか。
そして、人口減少社会において建物を「再生」させる真の意味とはどこにあるのか。
建築学的な視点と、地域住民の体温を感じさせる福祉的な視点の両面から、日本の空き家問題の本質を紐解きます。

空き家問題は「住宅」の不足ではなく「社会構造」の歪みから生まれる

── 本日はよろしくお願いいたします。
まず初めに、現在の空き家問題の本質について伺わせてください。
全国で約900万戸もの空き家が発生している現状は、「住宅」そのものの問題なのか、それとも「地域や社会構造」の問題なのか、加藤教授はどのようにお考えでしょうか。

加藤教授:両方の側面があるとは思いますが、どちらかと言えば地域や社会構造の問題が引き金となり、この状況を誘発している側面が大きいと感じています。
まず大前提として人口減少が進んでいる以上、住宅が余っていくことは確実な未来として予想できました。

── 人口という土台が揺らいでいる以上、避けては通れない問題ということですね。

加藤教授:その通りです。
ただ、重要なポイントは「地域による格差」です。
都心部や新しいファミリー層が流入し続ける地域であれば、空き家は市場で活発に流通するため、深刻な「問題」にはなりにくい。

一方で、過疎化が進む地域や高齢化率が高い地域では、市場から切り離されてしまい、空き家が地域に与える負のインパクトが非常に大きくなってしまいます。
つまり、空き家問題とは、その地域が持つ社会的な構造が如実に表れる鏡のようなものだと言えるでしょう。

「壊して建てる社会」を生んだ戦後政策の残影

── 日本の住宅寿命は約30年とされ、欧米の60〜80年に比べて極端に短いのが現状です。
なぜ日本はこれほどまでに新築を好む「スクラップ・アンド・ビルド型」の社会になったのでしょうか。

スクラップ・アンド・ビルド
「古いものを壊して、新しく効率の良いものを作り直す」という考え方のこと
加藤 悠介教授・記事内画像

ケアをキーワードにした団地再生

加藤教授:これは戦後直後の住宅政策が強く影響しています。
当時は戦争で多くの家が失われ、爆発的な人口増加に対して圧倒的に住宅が足りませんでした。
その不足を解消するために、国を挙げて新築住宅を大量供給することが喫緊の課題であり、正義だったのです。

── その時代の成功体験が、今の日本人のマインドセットを作り上げたのですね。

加藤教授:ええ。
ただ、数値上では1960年代後半から70年代にかけて、既に世帯数と住宅数は逆転し、家が足りないという状況は解消されていました。
本来であれば、その時点で「数」から「質」へ、あるいは「新築」から「既存ストックの流通」へと舵を切るべきだったのです。

── 40年以上も前から、方向転換のサインは出ていたと。

加藤教授:はい。
しかし、新築住宅産業は日本において巨大な経済圏を形成してしまいました。
この産業構造を変えるのは容易ではなく、政策的にも、そして人々の潜在的な意識としても「家は新しく建てるもの」という価値観をなかなかアップデートできなかった。

今、空き家問題がこれほど顕在化して、ようやく潮目が変わってきたという印象です。

「リノベーション」と「コンバージョン」の使い分けが鍵を握る

── これからの社会において、既存の建物を活用する方向へシフトしていくべきだというお考えですが、その手法としての「リノベーション」と「コンバージョン」の違いについて教えてください。

加藤教授:リノベーションは、主に建物の性能を向上させる改修を指します。
断熱性能を高めたり、間取りを現代のライフスタイルに合わせて作り替えたりして、住居としてのスペックを引き上げる行為です。

一方でコンバージョンは「用途変更」を意味します。
住宅だったものをカフェや福祉施設など、全く別の役割を持つ場所へと転換することです。

用途変更
建築物やその一部の「使い道」を変えること。
建物の用途によって建築基準法のルールが異なるため、一定の規模を超える場合は行政への「確認申請」が必要となる。
加藤 悠介教授・記事内画像

団地再生で1階の空き店舗を地域拠点へと転用

── 今後の空き家再生においては、どちらが重要になるとお考えですか。

加藤教授:私は「コンバージョン」こそが大きな鍵になると考えています。
人口が減っている地域で、多額のコストをかけてリノベーションをし、再び「住宅」として売り出したとしても、需要には限界があります。
住宅が余っている場所で再び住宅を作っても、いずれ頭打ちになってしまう。

── 住宅として再生させるだけでは、根本的な解決にならない場合があるのですね。

加藤教授:その通りです。
だからこそ、その建物を「地域に開かれた場所」としてどう使い直すかという視点が必要になります。
もちろん、用途を変える際には使いやすくするためのリノベーションも伴いますから、この2つはセットで考えるべきものです。

特に過疎地域などでは、住宅市場に頼らないコンバージョンの発想が不可欠になるでしょう。

再生のポテンシャルを見極める「立地」「認知度」「制度」

── 実際に空き家を再生しようとした際、加藤教授はどのようなポイントでその建物のポテンシャルを判断されていますか。

加藤教授:私の研究テーマである「福祉的な活用」という視点でお話しすると、まずは「立地」ですね。
地域の中で人々が集まりやすい場所にあるかどうか。

そして「認知度」も重要です。
「昔あそこには誰々さんが住んでいた」「地域のシンボル的な古い建物だ」というように、住民に知られている建物は、再生した後の受け入れられ方が全く違います。

── 建物が持つ「記憶」や「物語」がポテンシャルになるのですね。

加藤教授:はい。
物理的な面では、制度的な制約も見過ごせません。
用途変更をするには、建築基準法や消防法の高いハードルを越える必要があります。

例えば、デイサービスのような福祉施設にする場合、防火のために壁やスプリンクラーの設置が必要になるなど、目に見えない天井裏の改修に多額のコストがかかることもあります。

── 専門的な知識なしには判断が難しい部分ですね。

加藤教授:そうですね。
ですから、もともと防火基準などが整っている社員寮や、空間に余裕があり動線を分けやすい二世帯住宅などは、福祉施設への転用が比較的スムーズに進む傾向があります。

最近の築浅物件はコンパクトに作られすぎていて、公共的な用途に転換するには面積が足りないことも多い。
日本全体として、ある程度の規模がある建物を戦略的に残しておくことも大切だと思っています。

加藤 悠介教授・記事内画像

床の間のあるケア空間(デイサービスセンター)

成功の分かれ道は「オーナーの理解」と「地域の愛着」

── 成功する再生プロジェクトと、途中で挫折してしまうものの違いはどこにあるのでしょうか。

加藤教授:最も大きな要因は「オーナー(所有者)との意思疎通」だと感じています。
建物を売却するのではなく、借りて活用する場合、オーナーが「地域のために開いていい」というマインドを持ってくれるかどうかが決定的です。

── オーナーさんの心理的なハードルは高そうですね。

加藤教授:非常に高いです。
特に60〜70年代に開発された「オールドニュータウン」などでは、家の中が物置状態になっていて片付けが手につかなかったり、「いつか子供が帰ってくるかも」という淡い期待があったりして、決断を下せないケースが多々あります。

オールドニュータウン
かつて大規模に開発された「ニュータウン」が数十年を経て、住民の高齢化と建物の老朽化が同時に進行した状態を指す。

そうしたオーナーさんの想いに寄り添い、丁寧に対話を重ねて、地域に還元する意義を共有できるかどうかが成功への第一歩です。

── 建物単体ではなく、地域全体を旅館に見立てるような「地域再生」の発想についてはどう思われますか。

加藤教授:非常に重要です。
新築にはない、空き家ならではの最大の武器は「肌触り」や「愛着」です。
地域の人たちが「昔あそこはこうだったね」と知っている場所が新しく生まれ変わると、地域との距離がぐっと縮まります。

また、1件の空き家がカフェになり、そこで成功体験が生まれると、近隣で次の空き家が出た時に「じゃあ次はここをサロンにしようか」と、住民自らが考え始める連鎖が起こるんです。

── 住民が主体的に動き出すきっかけになるのですね。

加藤教授:その手助けをすることこそが、我々研究者の役割でもあります。
建物が物理的な「寿命」を迎える前に、社会的な「役割」を再定義してあげる。
そうすることで、人がつながる場所が地域に点在する「いい状態」が作れると考えています。

加藤 悠介教授・記事内画像

廃寺を福祉施設へ転用

これからの建築家に求められる「コミュニティの編集力」

── 最後に、人口減少が進む未来において、建築家にはどのような役割が求められるのでしょうか。

加藤教授:これからの建築家は、単に格好いい建物を設計して終わり、という職能ではありません。
依頼主の理念や地域の課題を深く分析し、一緒に場所のあり方を考えていく「伴走者」としての役割が強まっていくでしょう。

── 加藤教授の周りでも、そのような変化は起きていますか。

加藤教授:はい。
最近では、設計事務所の1階で自らカフェやバーを運営する若手建築家も増えています。

地域に根を下ろし、日常的に住民と接することで、その街に本当に必要なものは何かを肌で感じる。
コミュニティ・アーキテクト」とも呼ばれますが、地域の問題解決のために振る舞う姿は、これからの建築家像の一つになるはずです。

コミュニティ・アーキテクト
建物という物理的な設計にとどまらず、住民同士の「つながり」や「仕組み」を設計する専門職である。
ハード面(建築)とソフト面(活動)の両輪で、持続可能な地域社会の形成を目指す。

── 鎌倉の今泉台ニュータウンの事例のように、住民主体のNPOが空き家を管理・活用するモデルも注目されていますね。

加藤教授:今泉台の事例は素晴らしいですね。
住民が自分たちで全軒調査を行い、所有者の意向を把握し、地域の困りごと(子供の預かり所や高齢者のサロンなど)に合わせて空き家をマッチングさせていく。

10年以上継続している活動ですが、まさに「町を引き継ぐ」という強い意志を感じます。
こうしたモデルケースが、日本の各地で生まれていくことを期待しています。

── 本日は貴重なお話をありがとうございました。
空き家を「負の遺産」ではなく、地域の未来を創る「資源」として捉え直す勇気をいただきました。

監修者
豊田工業高等専門学校 建築学科 加藤 悠介 教授

加藤悠介 教授

プロフィールページへ

豊田工業高等専門学校建築学科教授であり、博士(学術)および一級建築士。

1979年愛知県生まれ。
大阪市立大学大学院生活科学研究科博士課程を修了し、金城学院大学教授などを経て2026年より現職。
専門分野は建築計画であり、特に既存建物を福祉施設へ活用する「福祉転用」による地域のリノベーションや、高齢者・障がい者・子どもを対象としたケア空間の設計手法を研究している。
2017年には日本認知症ケア学会石崎賞を受賞するなど、福祉と建築を融合させた実践的な研究を展開している。

関連サイト

不動産特集記事
訳あり物件買取ナビ by AlbaLink