経済の疲弊が生む「負の連鎖」と空き家問題の現状
── 本日はよろしくお願いいたします。
さっそくですが、アメリカにおける空き家問題の現状について教えてください。
平氏:まず大前提として、アメリカは非常に国土が広いため、地域によって状況が大きく異なります。
「アメリカの空き家はこうだ」と一括りにするのは難しいのですが、一般的に深刻な問題を抱えているのは、経済が疲弊している地域、具体的には中西部の北側にあるオハイオ州・ミシガン州、東海岸のペンシルベニア州などです。
── かつての工業地帯、いわゆる「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれる地域ですね。
平氏:その通りです。
デトロイト、フィラデルフィア、ピッツバーグ、ボルティモアといった都市が代表例です。

空き家になった連続住宅(ボルティモア市)
これらは19世紀末から製造業で栄えましたが、その後アジア諸国との競争に敗れ、経済が冷え込みました。
その結果、人口が減り、古い家が空き家として残されたのです。
── 建物自体の老朽化も進んでいるのでしょうか。
平氏:築100年を超える住宅も珍しくありません。
当時の工場労働者向けに建てられた、日本でいう「長屋」のような連続住宅が多いのですが、これらがボロボロになり、屋根が落ちているような悲惨な状態の物件も見受けられます。
── 市場で再販されることはないのですか?
平氏:そこが最大の問題です。
通常の住宅市場であれば、誰かが売っても別の誰かが買います。
しかし、経済が壊滅的な地域では「住宅市場そのものが存在しない」のです。
誰も買おうとしないため、一度人が出ていくと、そのまま放置され廃墟化してしまいます。
空き家が引き起こす「ニューサンス(迷惑)」と治安悪化
── 空き家が放置されることで、地域には具体的にどのような問題が生じますか?
平氏:アメリカではこうした悪影響を「ニューサンス(Nuisance:迷惑、生活妨害)」と呼び、特に周辺に害を及ぼすものを「パブリック・ニューサンス」として行政が厳しく対処します。
具体的な問題としては、まず治安の悪化です。
空き家がドラッグの売買や売春といった犯罪の拠点になってしまうのです。
── 周辺住民にとっては非常に恐ろしい状況ですね。
平氏:他にもゴミの不法投棄や雑草の繁茂があります。
アメリカの自治体は非常にシビアで、例えば「草の丈が25〜30センチを超えたらニューサンス」と明確な数値基準を設けています。
これを放置すると、周囲の住宅価格が下がり、自治体の固定資産税収が減るという死活問題に直結します。
── 自治体の運営そのものを脅かすわけですね。
平氏:その通りです。
アメリカの自治体は税収の約4割を固定資産税に頼っていますからね。
さらに、空き家での火災や犯罪対応には消防・警察のコストがかかります。
収入が減る一方で行政コストが増大するという、最悪の循環に陥るのです。
空き家発生の引き金:住宅ローンの破綻と超短期の固定資産税の支払い猶予
── そもそも、なぜこれほどの空き家が発生してしまうのでしょうか。
平氏:理由は大きく分けて二つあります。
一つは「より良い環境への自主的な転出」です。
もう一つは、アメリカ特有のシビアな要因が「住宅ローンや固定資産税の滞納による強制退去」です。
── 日本に比べて、追い出しの基準が厳しいのでしょうか。
平氏:驚くほどシビアです。
自治体にとって固定資産税は重要な財源ですから、1年(年2回の請求)滞納しただけで差し押さえられることもあります。
日本では考えられないスピード感ですよね。
── サブプライムローン問題も大きく影響しているのでしょうか。
平氏:非常に大きいです。
当時は不動産価格が上がり続ける前提で、収入の不安定な層にも「最初は返済額が少なく、数年後に急増する」ようなローンを組ませていました。
それが破綻し、家を追い出される人が急増したのです。
経済が健全な地域なら市場が復活して買い手が付きますが、旧工業都市ではそのまま空き家として取り残されてしまいました。
「信用力が低く、通常のローンが組めない人向けの、金利が高い住宅ローン」のこと。
2000年代半ばのアメリカで大流行したが、最終的にこれが破綻したことで世界的な金融危機(リーマン・ショック)を引き起こした。
政府の役割分担:資金提供の連邦と、実務の自治体
── こうした問題に対し、政府はどのような対策を講じているのですか?
平氏:連邦、州、自治体で役割が明確に分かれています。
連邦政府の主な役割は「資金提供」です。
州や自治体に対して、HUD(住宅都市開発省)が「ブロックグラント(一括補助金)」という、自治体が使い道を柔軟に決められる補助金を提供しています。トランプ政権以前には、数千億円規模の「住宅安定化プログラム」も実施していました。
アメリカの連邦政府(日本でいう中央省庁)の一つ。
低所得者向けの住宅支援、ホームレス対策、街の再開発などを担当している。
── 具体的な対策の実行は自治体レベルで行われるのですね。
平氏:はい、州は関連する法律を整備し、実際の空き家管理や対策は市町村が条例に基づいて行います。
アメリカには「ホームルール(自治憲章)」があり、自治体が独自の政策を打つ権限が非常に強いのが特徴です。
空き家管理基準違反の厳しい罰則と「空き家登録制度」
── 空き家の所有者に対する規制やペナルティはあるのでしょうか。
平氏:多くの自治体が「空き家維持管理条例」を設けています。
先ほど申し上げた「草の高さ」のような数値基準があり、これに違反すると罰金が科せられます。
違反を繰り返すと罰金額が上がり、驚くことに禁固刑が科されるケースもあります。
── 禁固刑まであるとは、相当な厳しさですね。
平氏:また、「空き家登録制度」を導入している自治体も多いです。
所有者に「この家は空き家です」と登録させ、年間数千ドル(数十万円)の登録料を徴収する自治体もあります。
空き家期間が長くなるほど料金が上がる仕組みで、これは実質的な罰金に近い役割を果たしています。
空き家再生の切り札:ランドバンクと管財人制度
── 具体的な解決策として、どのような仕組みが機能していますか?
平氏:代表的なのが「ランドバンク」です。
これは自治体から譲り受けたり買い取ったりした空き家の所有権を取得し、適切に維持管理しながら、市場が復活したタイミングで売却する組織です。
放置された空き家や跡地を一度買い取り、キレイに整えてから、次に使ってくれる人へつなぐ公的な専門機関のこと。
── 日本版ランドバンクとは少し性質が違うようですね。
平氏:アメリカのランドバンクは非常に強力です。
例えば、金融機関が抱える不良債権(空き家)を、管理コストを嫌った銀行側がお金を付けてランドバンクに引き渡すことすらあります。
── 他にも「管財人制度」というものがあると伺いました。
平氏:はい、「レシーバーシップ」と呼ばれる仕組みです。
管理不全になったボロ物件を、裁判所が強制的にプロ(管財人)に預けて直させる仕組みのこと。
自治体などが裁判所に申し立て、特定の団体を管財人に任命します。
一般的に、管財人は所有者に代わって空き家を修繕・管理し、競売にかけて費用を回収します。
日本と違い、申立人は予納金を収める必要がなく、管財人は修繕費などの借入れもできるので、空き家が確実に甦ります。

空き家財産管理人が修復して販売された住宅(フィラデルフィア市)
再流通の担い手と、日本への示唆
── 市場への再流通はどのように行われているのですか?
平氏:競売のほか、ランドバンクやCommunity Development Corporation(以下「CDC」と称する)という非営利団体による再生が主です。
CDCは特定の地域に密着して住宅を再生し、貸し出したり売却したりしています。

Community Development Corporation (CDC)により修復された連続住宅(ボルティモア市)

Community Development Corporation (CDC)により建替えられた集合住宅(ピッツバーグ市)
── 個人が投資目的で購入することはないのでしょうか?
平氏:一部の投機家がまとめて安く買う「バルクセール」もありますが、これは利益が出る物件だけを転売し、ダメなものは放置されるため、新たな空き家問題を生む懸念もあります。
一方、自治体が「1ドル」で空き家を売り出し、数年間住むことを条件に住民を募るといった施策もあります。
── 最後に、日本がアメリカの事例から学ぶべきことは何だと思われますか。
平氏:一つはCDCのような、地域で空き家を再生する組織の育成です。
日本でも民間企業が動き出していますが、こうした活動への税制優遇や補助金が必要です。
そしてもう一つは、「所有権に伴う義務」の明確化です。
アメリカでは「適切に管理しないと罰金、最悪は所有権を剥奪」という社会的コンセンサスがあります。
日本も権利ばかりを保護するのではなく、周囲に迷惑をかけないための基準を明確にし、所有者の責任をより厳しく問うべき時期に来ているのではないでしょうか。
── 所有者の責任と民間の活力をどう組み合わせるか、日本にとっても非常に重要な視点ですね。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
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